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第三十九話 思わぬ反応に戸惑い

Author: 海野雫
last update Last Updated: 2025-05-19 13:38:17

 春フェスが終わって、ずっとどうするか迷っていた創作アカウントを再び公開することにした。どれだけネガティブなコメントが来るのかと身構えていたのだが、反応は全く逆のものだった。「待ってました!」「くらーじさんのイラスト大好き」というものばかりで驚いた。

「みんな、気持ち悪がると思ってたけど……よかった……」

 俺はコメントを読みながら、心が温まるのを感じた。息を吐く度に、胸の奥が少しずつ軽くなっていくような感覚。これが、認められることの喜びなのだろうか。

 そもそも、アカウント名をフランス語の「勇気」を表すcouroge(クラージ)としたのは、自分自身に勇気が持てないからだった。でも、勇気を出して、イラストをみんなに見てもらいたいという気持ちも込めてアカウント名をcourogeした。そして、見てもらった人にも勇気を持ってもらえれば、なおいいと思っている。

 休止していた間もずっとイラストは描き綴っていた。陽翔を描いたもの、彼の笑顔、彼の指、彼の横顔――数えきれないほど。だが、それはまだ誰にも見せていない。そのおかげで、アカウントを再開してもコンスタントにイラストを公開することができている。やはり俺にとって絵を描くということは、一番心休まる瞬間なのだ。

 筆を走らせる時だけは、全ての恐怖から解放される。色彩と線だけの世界。そこには、逃げなくてもいい自分がいる。

 アカウント再開から一ヶ月が経った頃、陽翔からデートに誘われた。毎日大学で会っているのだが、外で会うのはこれが初めてだ。なんとなく恥ずかしさが伴いながらも、初デートにウキウキと心が踊った。新鮮さを感じながら服を選んでいると、スマートフォンが震えた。

『十時に大学近くのカフェに来て』

 俺の家に十一時に迎えに来ると言っていたのに、何か予定が変わったのだろうか?

 少し不安になったが、すぐに返信した。

『分かった。今から向かうね』

 突然どうしたのだろうかと不思議に思ったものの、時間通りに指定のカフェに行った。中に入ると、そこに陽翔の他に、晴臣ともう一人、バンドのベーシストが座っていた。三人は何か話し込んでいるようだった。

「叶翔! 急にごめんね」

 俺が入って来たことに気づいた陽翔は立ち上がって、ぱあっと明るい笑顔を俺に向けてきた。夏の日差しのような、まぶしいばかりの笑み。手招きされ、バンドメンバーのいる席に向か
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